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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)73号 判決

原告

有限会社アキ・アイデア

被告

東陽建設工機株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた判決

1  原告

1 特許庁が、昭和57年審判第7382号事件について、昭和60年2月25日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

1 原告は、その存続期間の満了に至るまで、次の考案(以下、「本件考案」という。)の実用新案権者であつた。

名称 螺旋帯筋

出願日 昭和46年12月1日

公告日 昭和51年11月1日

登録日 昭和55年2月29日

登録番号 第1317887号

本件考案の公告時の実用新案登録請求の範囲は、その後の昭和52年8月22日付手続補正書により補正された(この補正を以下「本件補正」という。)。

2  被告は、昭和57年4月13日、原告を被請求人として、本件考案の右実用新案登録を無効とする旨の審判を請求した。特許庁は、これを同年審判第7382号事件として審理した上、昭和60年2月25日、「登録第1317887号実用新案の登録を無効とする。」との審決をし、その謄本は、同年3月27日、原告に送達された。

2  本件考案の実用新案登録請求の範囲

1 公告時における実用新案登録請求の範囲

適当な長さの線材を、全主筋に外接してこれを拘束する平面方形で、ピツチが予定の帯筋捲回間隔よりも狭い螺旋形に伸長自在に折曲して形成したことを特徴とする螺旋帯筋。

2 本件補正による実用新案登録請求の範囲

適当な長さの線材を、全主筋に外接してこれを拘束する平面方形で螺旋形に折曲し、ピツチを予定の帯筋間隔よりも狭く弾性範囲内で伸長自在に形成したことを特徴とする螺旋帯筋。

3  審決の理由の要点

1 本件考案の要旨について

本件考案の要旨の認定に当たつて、本件補正が採用できるか否かについて検討する。

(1)  本件出願公告時の明細書(以下、「公告明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲は前項1に記載されたとおりであり、また、公告明細書及び図面に記載された本件考案の目的は、従来の帯筋が線材を所定長さに切断し、方形に折曲すると共に両端末を柱の中心方向に折曲する構成であつたが故に生じる欠点、すなわち、端材の発生、帯筋の均等化の困難性、運搬・捲装・固定等の作業の複雑性等の欠点を解消することにあり、さらにその結果として、本件考案は、「せん断補強をきわめて自由に、かつ、有効に行うことができ、定着が完全で引張りに対して強いから内部コンクリートの拘束、主筋の座屈防止を副帯筋の併用等の手段を採用することなく図りうるのである。また用法が簡単であるし、製造も特殊な設備を要せずかつ工場生産に好適するのに加えて、運搬、監理、整理もきわめて簡易であり、建設工事の能率向上に資するところ大である。」という作用効果を奏することができると認められる。

(2)  一方、本件補正は、公告明細書の実用新案登録請求の範囲の「平面方形で、ピツチが予定の帯筋捲回間隔よりも狭い螺旋形に伸長自在に折曲して形成した」を、「平面方形で螺旋形に折曲し、ピツチを予定の帯筋間隔よりも狭く弾性範囲内で伸長自在に形成した」とし、公告明細書の「圧縮されており、そのピツチを随意に拡張して使用するものであるから、」(6頁2ないし4行)を、「弾性範囲内で伸長自在に構成してあるので、ピツチを伸長して使用する際にも帯筋に過度な応力歪みが残存しないもので、」とし、実施例を新しいものとする点をはじめとして、明細書及び図面の9個所にわたるものである。

(3)  そこで、まず、実用新案登録請求の範囲の補正を検討すると、その補正は実質的にみれば、「弾性範囲内で伸長自在に形成」するを補正後の考案の構成要件として追加するものと認められる。ところで、それに関連すると認められる公告明細書の考案の詳細な説明の欄の記載は、「帯筋Fのコンクリート2側端末を針金等で主筋3に適宜固定し、上端末を持つて主筋3……の上端方向に引き上げる。このとき帯筋Fが変形し、ピツチlは拡張する。lに拡張或いは短縮するよう微調整を行い、」というものと、「使用の際における帯筋捲回間隔よりもピツチが狭く圧縮されており、そのピツチを随意に拡張して使用するものであるから、」というものがある。

(4)  これらの記載について検討するに、「lに拡張或いは短縮するよう微調整を行」うために、「弾性範囲内で伸長自在に形成」することが必要な要件であるとする根拠を何も認めることができない。また、前記本件考案の目的及び作用効果の記載と照らしてみると、「随意に拡張」するという記載は、拡張後の帯筋が平面方形の螺旋形を維持するのであれば、その伸長の程度に格別な配慮をすることなく適宜拡張するという程の意味に解されることからして、公告明細書及び図面中に、次に述べるような格別な作用効果を伴う点で限定的意味を持つと認められる「弾性範囲内で伸長自在に形成」する点が開示されていたものと認めることはできない。また、その点がそれらの記載内容から自明のことであつたとも認めることはできない。

(5)  次に、本件補正は、本件考案の作用効果に及び、「弾性範囲内で伸長自在に構成してあるので、ピツチを伸長して使用する際にも帯筋に過度な応力歪みが残存しない」としているが、「帯筋に過度な応力歪みが残存しない」という効果は、出願当初の明細書及び図面に何も開示されていないし、それらの記載内容から自明のこととも認められないので、結局、本件補正により追加された「弾性範囲内で伸長自在に形成」するという新規な構成に基づく新たな効果といえる。

(6)  さらに、請求人(被告)が公告明細書及び図面に記載された実施例に関し、「らせん帯筋の残留変形量測定試験報告書」を提出して、その実施例に従つて伸長された螺旋帯筋は残留歪みを持つ旨主張するのに対し、被請求人(原告)は、試験体の材質の証明がない点、試験体に用いた棒鋼には許容差があるが、それを無視している等の理由を挙げて、前記試験結果は信頼できない旨反論する。この点について検討するに、被請求人の主張の根拠は試験結果を左右する程のものとはいえないのみならず、その実施例の試験体がどのようなものであるかを明確にして反論するものではない。まして、前記実施例に示されたものが、「弾性範囲内で伸長自在に形成」する点を構成要件として有していることを具体的に明らかにするものでもない。

(7)  以上のように、実用新案登録請求の範囲の補正は、「弾性範囲内で伸長自在に形成した」点に関して、出願当初の明細書及び図面に開示も示唆されていない新たな効果を伴う新規な構成を追加するものであるので、その余の補正事項を検討するまでもなく、本件補正は実質上実用新案登録請求の範囲を変更するものと認められ、実用新案法13条、特許法64条2項により準用する同法126条2項の規定に違反するものと認められる。

(8)  よつて、本件補正は採用しないこととし、本件考案の要旨は、公告明細書及び図面の記載からみて、前記21の実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりのものと認められる。

2 本件実用新案登録の無効事由について

(1)  本件考案の要旨は、前項に述べたとおりである。

(2)  一方、本件考案の出願前に頒布されたイタリア国特許第466500号明細書(以下、「引用例」という。)には、「第1図は金属線の四角い螺旋を示し、第2図に切出された横材を示し、さらに第3図は鉄筋コンクリートの角柱の長手鉄筋上へのそうした横材の適用を示し、さらに、第5図は鉄筋コンクリートの角柱の長手鉄材上へのその適用を示している。ここに示された実施例で、その細金属線材は四角い螺旋1として巻き込まれており、その形は正方形でも第1図に示されたもののような長方形でもよい。」(第1頁42ないし57行)と記載され、さらに、「第4、5両図に示された実施形態例では、四角い螺旋1から個別横材が切り出されるのではなくて、そのコイルが第4図に6で示されたもののように単に引つぱり伸ばされるだけで、そのように引つぱり伸ばされてはいるがなお四角い形を保つているその螺旋が長手鉄筋4上に差し当てられて、それら鉄筋を完全に固定化するようにされている。この場合には、簡単に引つぱるだけで、その螺旋の伸ばし出し、さらにはその螺旋を差し当てできるようにすることのために十分なものとなるのであるから、連結操作の適用が一層簡単となるもので、その四角の辺は常にそれら鉄筋の間隔に一致している。いま述べたことから、鉄筋コンクリート角柱用鉄材準備の時間節約はすでに理解できることであるが、この新方式はまた各横材を個々に切り出さなければならない場合に生じるもののようなむだな材料というものがなくなるものであるから、材料節約をもたらすのである。」(2頁5ないし26行)と記載されている。

(3)  そこで、本件考案と引用例のものを対比検討する。引用例の「長手鉄筋」は、本件考案の「全主筋」に相当する。そして、引用例の第1図には螺旋帯筋の使用前の状態が示され、第5図にはその使用時の状態が示されているが、使用前の螺旋帯筋のピツチは使用時のピツチより狭いものと認められる。さらに、使用時には螺旋帯筋は自在に伸長され、その結果、第5図に示されるように長手鉄筋に外接し、これを拘束することとなるものと認めらる。

以上の点からみて、引用例のものは本件考案の全ての構成を具備しているものと認められる。

(4)  したがつて、本件考案は、引用例のものと同一であるものと認められ、その結果、本件考案の実用新案登録は、実用新案法3条1項3号に違反してなされたものであり、同法37条1項1号に該当し無効とすべきものである。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点1(1)ないし(3)は認める。同(4)ないし(8)は争う。2(2)は認めるが、その余は争う。

審決は、本件補正が公告明細書の明瞭でない記載の釈明にすぎず要旨を変更するものではないのに、これを要旨を変更するものとして本件補正を採用せず、その結果本件考案の要旨の認定を誤り(取消事由(1))、また、仮に審決の要旨認定が誤りでないとしても引用例との対比判断を誤り(取消事由(2))、誤つた結論に至つたものであるから、違法として取り消されなくてはならない。

1 要旨認定の誤り(取消事由(1))

(1)  本件考案の公告時における実用新案登録請求の範囲は21記載のとおりである。この記載をみると、その基本的文脈は、「線材を……折曲して形成した」ことにあり、「適当な長さの」は「線材」を、「全主筋に外接してこれを拘束する平面方形で、」及び「ピツチが予定の帯筋捲回間隔よりも狭い螺旋形に伸長自在に」は「折曲して形成した」を、それぞれ説明していることが明らかである。そして、右の「ピツチが……伸長自在に」との記載の意味は、使用前ではピツチが予定される帯筋捲回間隔、すなわち使用時での全主筋に外接されたときにおいての予定される帯筋相互の間隔に比して狭いことの技術的限定であり、しかも、全主筋を捲回するような螺旋状態であること、使用時では予定されたピツチとなること、換言すれば、予定されるピツチに伸長されることである。

一方、実施例での具体的数値例をみるに、角形コイル状に折曲された帯筋Fでのピツチlは1~数cmとしてあり、このピツチを伸長した場合、伸長前のピツチlが1cmであるとすると、その弾性範囲内での最大値は、本件補正後の明細書(以下、「補正明細書」という。)での実施例で説明された数式によつて約12.5cmであるから、予定の帯筋間隔が平均10cmとすると、それはまさに弾性範囲内のものとなつているのである。したがつて、実質的な補正である「弾性範囲内で伸長自在に形成」することは、出願当初から実施例として記載されていたのであり、かかる点を明らかにした補正は明瞭でない記載を釈明したにすぎないから、要旨を変更したものではない。

また、弾性範囲内で伸長するときの最大ピツチは約12.5cmであるから、平均10cmの帯筋捲回間隔とするのに何らの不都合もなく、弾性範囲内であれば自由に拡張するから、「lに拡張或いは短縮する」ことで予定ピツチとするも、実施例でのそれに沿うと何らの無理もなく簡単に行なうことができ、例えば、弾性範囲内での最大ピツチである約12.5cmに拡張してしまつても、ピツチを10cmのそれに短縮するのに何ら困難性もない。

また、その使用の説明をみるに、主筋3………の上端方向に引き上げるときピツチlは拡張し、lに拡張あるいは短縮するように微調整を行うとあり(甲第3号証2欄26ないし29行)、これは、その際のピツチlは前述の如く当初から予定されているピツチになるよう伸縮するものであることを意味しているのである。さらに、効果の記載をみるに、「使用の際における帯筋捲回間隔よりもピツチが狭く圧縮されており、そのピツチを随意に拡張して使用する」とあり、してみれば、例えば1~数cmのピツチ自体が、実用新案登録請求の範囲の記載にあるように伸長されるとき、例えば10cmでの予定のピツチに調整、伸長されることは許容しても、それ以上に大きく伸長した状態で固定使用することは全く予想しておらず、ピツチが予定のそれより狭く圧縮されていることで、その予定ピツチの範囲内で随意に拡張して使用されるものである。けだし、螺旋形を維持すれば無限の伸長を可能とさせる意味であるとすれば、実用新案登録請求の範囲の記載において「ピツチが予定の帯筋間隔よりも狭い」ことの限定が全く無意味であり、また、予定されたピツチ以上に大きく伸長し、弾性範囲外まで伸長すれば当然に残留歪みが生じ、その結果、「ピツチが予定の帯筋間隔」になるようにさせるのは困難となるからである。

したがつて、本件考案にあつては、ピツチが予定の帯筋間隔で、主筋に外接固定するときでのピツチの微調整を可能とさせるべく拡張あるいは短縮するのであり、その際での拡張あるいは短縮に際し、残留歪みが生じるまでに伸長した状態であると、その微調整は実質的に困難であるから、拡張、短縮が容易である復原作用を発揮している範囲、すなわち弾性的な復原範囲内でそれを行なうことを意味しているのであり、それを一層明瞭にしたのが、公告後の補正においての実質上での「弾性範囲内で伸長自在に形成」することの意味である。

このような本件補正に対し、審決は、「弾性範囲内」なる文言が明細書中に明示がないことでの形式的判断に基づき、また、「随意に拡張」とあるのを、その前段での説明を無視してそれのみの文理的解釈をしたのであり、到底認めうべきものではない。

また、本件考案の効果について、本件補正により「使用の際における帯筋捲回間隔よりもピツチが狭く弾性範囲内で伸長自在に構成してあるので、ピツチを伸長して使用する際にも帯筋に過度な応力歪みが残存しない」(甲第4号証6欄8ないし11行)と補正したのは、実用新案登録請求の範囲の記載において「弾性範囲内で伸長自在に形成した」ことを明瞭にしたことに伴なう当然の帰結であり、公告明細書中にも、この点は十分に示唆されている。すなわち、主筋に捲回、固定し、コンクリートの打設後にあつては、「定着が完全で引張りに対して強いから」とあり、(甲第3号証6欄13行)、この「引張りに対して強い」とは、もしピツチが予定の帯筋捲回間隔よりも狭く形成されているにもかかわらず、予定のピツチ以上での弾性範囲外まで伸長させるとすれば、それに伴なう応力歪みが生じうるから、引張りに対しては必ずしも強いものとはいえず、それ故、伸長するとしても、応力歪みが生じない範囲、すなわち弾性範囲内での伸長によつて、かかる効果が得られることを意味しているといわなければならない。

以上説明したように、本件補正は、公告明細書における実施例での具体的数値例によつての使用形態が簡略にすぎたが故に明瞭でなかつたのを、出願当初から公けにされていた日本建築学会鋼構造設計規準によつての計算に従い明らかにしたものであり、これは、当業者であれば容易に理解できるものである。したがつて、実施例を新しいものとする点をはじめとして、明細書及び図面の9個所にわたる本件補正は、明瞭でない記載の釈明に相当し、また、それは、実質上実用新案登録請求の範囲を拡張し又は変更するものではないから、要旨を変更するものではない。

よつて、本件考案の要旨認定に当たり本件補正を採用できないとした本件審決の理由は根拠がないから、本件考案の要旨が前記22のとおりであることは明らかである。

(2)  そこで、右を要旨とする本件考案と引用例を対比する。

引用例には、四角形螺旋形に形成された金属線のロツドが説明、図示されているが、それは本件考案のものとは全く異なる。すなわち、引用例には、審決認定のとおり「第4図に6で示されたもののように単に引つぱり伸ばされてはいるがなお四角い形を保つているその螺旋が、長手鉄筋4上に差し当てられて、それら鉄筋を完全に固定化するようにされている」とあり、その引き延しは弾性範囲内で行なわれることも、そのピツチが予定の帯筋間隔よりも狭く形成されていることも、明らかではない。

引用例の図面(別紙第2図面)第1図において、四角形の個々の螺旋は、螺旋の方向で互いに密着して、その間には間隔がないのであり、これに対し、本件考案においては、予定の帯筋間隔とさせるために弾性範囲内で伸長するときでは予めある程度の間隔がある螺旋形態で形成する必要から、当初では図面第1図に示すように若干の間隙があり、してみれば、両者に構造上の相違があることは明らかである。

しかも、引用例の螺旋帯筋は、その使用前では使用時のピツチより狭いものでも、使用時に自在に伸長されて主要鉄筋に外接し、これを拘束するとしても、それは使用例の説明、特許請求の範囲の記載から明らかなように、引き延ばされても四角形を保つていればよいとし、単純に引延ばされれば足りるとしているのである。したがつて、引用例のものは、引き延ばされたとき、予定の帯筋捲回間隔となるように弾性範囲内で伸長されるとする本件考案とは全く異なつているばかりでなく、それを示唆する記載すらないのであり、少なくとも、引用例のものには引き延ばされたとき、予定の帯筋捲回間隔になることの着想は全く示されていない。

また、引用例の螺旋状の主要鉄筋結合用鉄材は、引き延ばされたとき、弾性範囲外に延ばされ、原状の縮小状態への復帰は困難なものとなつているものである。けだし、引用例のものは、螺旋を単純に引き延ばし、こうして引き延ばされても四角形を保つている螺旋を長さ方向の鉄筋にかけるとしており、また、四角形螺旋に牽引をかけ個々の螺旋が引き延ばされるようにするとしているから、主要鉄筋への装着は、縮小状態でのそれを予定しておらず、引き延ばされたままでのそれを意味しているのである。すなわち、主要鉄筋への装着に際し、引き延ばされたままでの状態を維持していなければならない、と理解されるからである。引用例を子細に検討するも、引き延ばし状態をそのまま維持させる特別な金具、係合手段を使用するとはしていないから、これは、とりもなおさず、引き延ばされたときでのそれ自身で原状への縮小がない状態とさせている必要があり、その状態は、まさに、弾性範囲外にまで引き延ばされて残留歪みがあつてはじめて可能になる、といわなければならないからである。

2 引用例との対比判断の誤り(取消事由(2))

仮りに審決認定のとおり本件補正が採用できないとして、本件考案の要旨が、本件補正前の公告明細書の実用新案登録請求の範囲に記載のとおりであるとしても、審決の本件考案と引用例のものとの対比判断は誤りである。

本件考案の右実用新案登録請求の範囲の「全主筋に外接してこれを拘束する平面方形で、ピツチが予定の帯筋捲回間隔よりも狭い螺旋形に伸長自在に折曲して形成」してあることの意味は、その作用効果の記載を参酌して考察すると、全主筋に外接した状態で伸長され、しかも、右1において述べたように、使用前ではピツチが予定される帯筋捲回間隔、すなわち使用時での全主筋に外接されたときにおいての予定される帯筋相互の間隔に比して狭いことであり、しかも、使用時では予定されたピツチを維持していること、換言すれば、予定されるピツチの範囲内で伸長されることである。そして、その伸長は、本件明細書の実施例の記載及び図面の第2、第3図の記載からも明らかなように、全主筋に外接状態で引き上げられ、拡張あるいは短縮するよう微調整が行われるものである。けだし、その微調整は、主筋への配装前では不可能であり、全く意味がないことを鑑みれば、その伸長作業は、全主筋への外接状態でのことであるからである。

一方、審決認定の引用例の記載によれば、引用例のものの使用前のピツチは使用時のピツチより狭く、使用時には螺旋帯筋は自在に伸長され、その結果、長手鉄筋に外接し、これを拘束するのであり、自在に伸長させた後に長手鉄筋に差し入れるのであるから、その作業はきわめて面倒であるばかりでなく、長い状態では中間での適当な保持が必要であつて、伸長状態では倒立するおそれがあり、もし伸長時に間隔の微調整が行なわれても、その維持は困難であるから、所定のせん断補強の実現には再調整を必要とし、取扱いが面倒という欠点を有する。

これに対し、本件考案にあつては、このような欠点は全く存せず、圧縮状態で差し入れるから取扱いが容易であること、伸長後でのピツチの微調整は、主筋に外接した状態で伸長する故にそれでの固定は確実であること等の効果が得られるのであり、これは、「定着が完全で引張りに対して強いから内部コンクリートの拘束、主筋の座屈防止を副帯筋の併用等の手段を採用することなく図り得るのである。また、用法が簡単である」(甲第3号証3欄5ないし8行)としていることの意味でもある。

したがつて、引用例のものは螺旋が引つぱり伸ばされた状態で差し入れられるのに対し、本件考案のものは圧縮状態で差し入れるものであり、基本的に全く異なるものである。

以上説明したように、本件考案と引用例のものとは、構成、作用、効果において顕著に相違しているから、引用例の存在によつて、本件考案の新規性はいささかも阻却されず、その登録性は明らかであるから、本件考案は実用新案法3条1項3号に違反せず、審決は取消されるべきものである。

第3請求の原因に対する認否、反論

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。同41(1)の本件補正が明瞭でない記載の釈明に当たるとの原告主張はあえて争わないが、同41(2)及び2の主張は争う。

2  仮に本件補正が適法なものであるとしても、その場合本件補正による本件考案の実用新案登録請求の範囲は公告時の実用新案登録請求の範囲と実質的に同じであるから、後者のとおり本件考案の要旨を認定した上本件実用新案登録を無効とした審決の結論は結局正当である。

実用新案法により保護される考案は、同法1条に明記される様に「物品の形状、構造又は組合せに係る」ものであり、その使用方法を考案の要件とするものではない。

本件考案は、物品の構造に係る考案であつて、公告時における実用新案登録請求の範囲の明瞭でない記載の釈明としての本件補正による実用新案登録請求の範囲の構成は、「予定の帯筋捲回間隔よりも狭いピツチに折曲し、このものが用いるに当つて伸長自在であること」を要件としているにすぎない。

この本件考案と引用例の技術とを対比すると、引用例の図面(別紙第2図面)第5図には、長手鉄筋4に外接して同鉄筋を拘束する螺旋状の鉄ロツド6が開示されており、この平面四角形の螺旋状ロツドは長手鉄筋に外接される以前は第1図に示される様にそのピツチを極めて短くされている。この第1図の螺旋方形とされた鉄ロツドは第5図に示される様に伸長されるものである。

してみれば、引用例には、適当な長さの鉄ロツド(線材)を、長手鉄筋(全主筋)に外接してこれを拘束する平面方形にして、ピツチが長手鉄筋に巻き付けられた際のピツチ(予定の帯筋捲回間隔)よりも狭い螺旋形に弾性範囲内で伸長自在に折曲して形成されている結合用鉄材(螺旋帯筋)が示されており、これは本件考案の螺旋帯筋と同一のものである。

本件明細書中には使用方法についての記載があるが、この記載は、螺旋帯筋がいかなるものであるかの理解を助けるために、これを使用する態様が記されたものであるにすぎず、本件考案はこの使用方法に限定されるべきものではない。したがつて、原告が本件考案のものは圧縮状態で差し入れることを要件であるかのように主張するのは誤りである。

第4証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実及び審決がその理由の要点1(1)ないし(3)、2(2)で認定する事実は当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。

1 本件考案の公告時及び本件補正による各実用新案登録請求の範囲が前示請求の原因21、2に各記載のとおりであること、本件補正が、審決認定のとおり、実質的にみれば「弾性範囲内で伸長自在に形成する」ことを補正後の考案の構成要件として追加するものであることは当事者間に争いがない。そして、被告は、本件補正が明瞭でない記載の釈明に当たるとの原告主張をあえて争つていない。

そこで、本件補正が実用新案登録請求の範囲を実質上拡張又は変更するものでないかどうかを検討する。

成立に争いのない甲第4号証により認められる本件補正明細書によれば、右追加された要件は、本件考案の対象である右補正明細書の図面第1図(別紙第1図面)に示されるような線材を角形コイル状に折曲して形成した帯筋の構造を規定する要件であることが明らかである。

ところで、本件公告明細書の考案の詳細な説明中に審決がその理由の要点1(3)で引用する記載があることは当事者間に争いがない。この記載によれば、本件考案に係る帯筋は、使用の際に引き延ばされる帯筋捲回間隔よりもピツチが狭く圧縮されて形成されているものであり、使用方法として、引き延ばされた帯筋が主筋の適宜位置に当接されるようにピツチを拡張あるいは短縮して微調整を行う場合があることが開示されていると認められる。そして、成立に争いのない甲第3号証により認められる本件公告明細書に実施例として記載されている螺旋帯筋にあつては、これを一旦弾性範囲を越えて拡張すると応力を取り去つても残留歪みが生じて完全に復原しないことは明らかであるから、右のように使用時にピツチを拡張又は短縮して微調整を行う場合があることが記載されている以上、その螺旋帯筋が形成時において弾性範囲内で伸長自在であることは自明というべきである。

そうすると、本件公告明細書には、本件考案の螺旋帯筋が弾性範囲内で伸長自在に形成されたものであること及びその効果が開示されていたというべきであり、したがつて、本件補正により右の要件を追加することは、実質上公告時の実用新案登録請求の範囲を拡張し又は変更するものではなく、明瞭でない記載の釈明として適法といわなければならず、これを違法として採用しなかつた審決の判断は誤りというのほかはない。

しかしながら、右に述べたとおり、本件補正は公告時における実用新案登録請求の範囲を実質上拡張又は変更するものではないから、本件補正による実用新案登録請求の範囲と公告時におけるそれとは実質的に同一とみなければならず、したがつて、審決がした本件考案の要旨の認定を直ちに要旨誤認ということはできない。

2 そこで、本件考案の要旨を本件補正による実用新案登録請求の範囲のとおりと認めて、審決の引用例との対比判断の適否について検討する。

引用例が本件考案の出願前に頒布された刊行物であること、引用例に審決がその理由の要点2(2)で認定した記載があることは、当事者間に争いがない。この記載と成立に争いのない甲第6号証により認められる引用例の図面(別紙第2図面)第1図によれば、引用例には、適当な長さの鉄材よりなる線材を、4本の全主筋に外接してこれを拘束する平面方形で螺旋形に折曲し、ピツチを予定の帯筋間隔よりも狭く伸長自在に形成した螺旋帯筋が開示されていると認めることができる。

そして、前示甲第6号証により認められる引用例の「螺旋がかけ通せるようにするにはその延長のため単にこれを引延ばせば足り」との記載(同号証訳文2丁裏3・4行)によれば、引用例に開示されている右螺旋帯筋は、その使用時において容易に引き延ばせるように形成されているものと認められ、このように鉄材よりなる線材をその使用時において容易に引き延ばせるようにそのピツチを狭く捲回して螺旋帯筋として形成すればその形成時においてその螺旋帯筋が弾性範囲内で伸長自在であることは、前示甲第3、第4号証により認められる本件公告明細書及び補正明細書の記載に照らして明らかであるといわねばならない。

以上の事実によれば、引用例に開示されている螺旋帯筋は、本件考案のすべての構成を具備するものと認めれらる。

原告は、本件考案の要旨にいう「弾性範囲内で伸長自在に形成した」との要件は、使用時においての伸縮を拡張短縮が容易である復原作用を発揮している範囲すなわち弾性的な復原範囲内で行うことを意味する旨主張し、これを前提に引用例のものとの相違を強調して述べるが、本件補正による実用新案登録請求の範囲の「ピツチを予定の帯筋間隔よりも狭く弾性範囲内で伸長自在に形成した」との記載の文脈が示すように、「弾性範囲内で」は「伸長自在に形成した」を修飾する語であつて、形成された螺旋帯筋が弾性範囲内で伸長自在であることを意味することは明らかであり、このように形成された本件考案の対象である螺旋帯筋が、その使用に際し弾性範囲内で伸長されるに止まるか、それとも弾性範囲外にまで伸長されることがありうるかは使用者が任意に定める使用方法の差異にすぎず、物品の構造に係る本件考案の要旨に関係しないことがらである。したがつて、原告の右主張は採用できず、その他前示の認定を覆えすに足る証拠はない。

3  以上のとおりであるから、本件考案が引用例に記載されたものと同一であると認めて本件実用新案登録を無効とした審決の結論は、結局、正当であり、その他審決にこれを取り消すべき違法の点は見当たらない。

3  よつて、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 牧野利秋 清野寛甫)

〈以下省略〉

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